株主への利益移転⑧-時価より著しく低い価額に根拠法令がない点を見逃していないか?
Q 同族会社に対して、財産を無償又は時価よりも著しく低額で譲渡した場合には、会社株式を保有する株式価額の増加により、同族会社の株主に贈与税が課税されると聞きましたが、時価よりも著しく低い価額は法令でどのように定められていますか?
A 法令の定めはありません。
解説
みなし贈与が定められた相続税法第7条では、「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」において、時価との差額を贈与により取得したものとみなします。相続税法第8条では、「著しく低い価額の対価で債務の免除、引受け又は第三者のためにする債務の弁済による利益を受けた場合」において、債務の金額に相当する金額を贈与により取得したものとみなします。相続税法第9条では、「著しく低い価額の対価で利益を受けた場合」において、当該利益の価額相当を贈与により取得したものとみなします。
共通するのは、「著しく低い価額の対価」に該当しなければ、みなし贈与に該当しないということです。「著しく低い価額の対価」の金額基準が法令・通達で定められていれば明確に判断できるのですが、その定めが一切ありません。したがって、課税当局から指摘を受けた場合に、取引における「著しく低い価額の対価」に該当するかどうかが争点となるわけですが、みなし贈与における「著しく低い価額の対価」の規定がない以上、実務上は判例を踏まえて判断していくほかありません。相続税法第7条の適用における「著しく低い価額の対価」が争われた東京地裁判決(平成19年8月23日)を紹介しておきます。
参照判例 東京地裁判決(平成19年8月23日)
相続税法第7条の時価とは?
「贈与税は、相続税の補完税として、贈与により無償で取得した財産の価額を対象として課される税であるが、その課税原因を贈与という法律行為に限定するならば、有償で、ただし時価より著しく低い価額の対価で財産の移転を図ることによって贈与税の負担を回避することが可能となり、租税負担の公平が著しく害されることとなるし、親子間や兄弟間でこれが行われることとなれば、本来負担すべき相続税の多くの部分の負担を免れることにもなりかねない。相続税法7条は、このような不都合を防止することを目的として設けられた規定であり、時価より著しく低い価額の対価で財産の譲渡が行われた場合には、その対価と時価との差額に相当する金額の贈与があったものとみなすこととしたのである(遺贈の場合は相続税であるが、上に述べた贈与税と同じ議論が当てはまる。)したがって、租税負担の回避を目的とした財産の譲渡に同条が適用されるのは当然であるが、租税負担の公平の実現という同条の趣旨からすると、租税負担回避の意図・目的があったか否かを問わず、また、当事者に実質的な贈与の意思があったか否かをも問わずに、同条の適用があるというべきである。
そして、同条にいう時価とは、財産の価額の評価の原則を定めた同法22条(「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価に・・・よる。」)にいう時価と同じく、客観的交換価値、すなわち、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうと解すべきである。」
「・・・以上のとおり、同条にいう時価を相続税評価額と同視しなければならないとする必要はないのであるから、そこにいう時価は、やはり、常に客観的交換価値のことを意味すると解すべきである。そして、同法7条にいう時価と同法22条にいう時価を別異に解する理由はないから、同法7条にいう時価も、やはり、常に客観的交換価値のことを意味すると解すべきである。」
相続税法第7条における「著しく低い価額の対価」の判定基準とは?
「相続税法7条は、時価より「著しく低い価額」の対価で財産の譲渡が行われた場合に課税することとしており、その反対解釈として、時価より単に「低い価額」の対価での譲渡の場合には課税しないものである。・・・そもそも、同条が、相続税の補完税としての贈与税の課税要因を贈与という法律行為に限定することによって、本来負担すべき相続税の多くの部分の負担を免れることにもなりかねない不都合を防止することを目的とした規定であることに加え、一般に財産の時価を正確に把握することは必ずしも容易ではなく、しかも、同条の適用対象になる事例の多くを占める個人間の取引においては、常に経済合理性に従った対価の取決めが行われるとは限らないことを考慮し、租税負担の公平の見地からみて見逃すことのできない程度にまで時価との乖離が著しい低額による譲渡の場合に限って課税をすることにしたものであると解される。そうすると、同条にいう「著しく低い価額の対価」とは、その対価に経済的合理性のないことが明らかな場合をいうものと解され、その判定は、個々の財産の譲渡ごとに、当該財産の種類、性質、その取引価額の決まり方、その取引の実情等を勘案して、社会通念に従い、時価と当該譲渡の対価との開差が著しいか否かによって行うべきである。」
「・・・相続税評価額と同水準の価額かそれ以上の価額を対価として土地の譲渡が行われた場合は、原則として「著しく低い価額」の対価による譲渡ということはできず、例外として、何らかの事情により当該土地の相続税評価額が時価の80パーセントよりも低くなっており、それが明らかであると認められる場合に限って、「著しく低い価額」の対価による譲渡になり得ると解すべきである。もっとも、その例外の場合でも、さらに、当該対価と時価との開差が著しいか否かを個別に検討する必要があることはいうまでもない。」
時価よりも低い価額の取引であればみなし贈与の対象となる?
「・・・歯科医、仮に時価の80パーセントの対価で土地を譲渡するとすれば、これによって移転できる経済的利益は当該土地の時価の20パーセントにとどまるのであり(換価することまで考えれば、実際の経済的利益はそれよりさらに低くなるであろう。)、被告の主張するように「贈与税の負担を免れつつ贈与を行った場合と同様の経済的利益の移転を行うことが可能になる」とまで言えるのかはなはだ疑問である。そもそも被告の上記主張は、相続税法7条自身が、「著しく低い価額」に至らない程度の「低い価額」の対価での譲渡は許容していることを考慮しないものであり、妥当でない。」
「・・・時価よりも低い価額の対価で譲渡が行われた場合、客観的にみて譲受人は譲渡人から一定の経済的利益を無償で譲り受けたと評価することができるのであるから、そのすべての場合において実質的に贈与を受けたということにもなりかねず、単なる「低い価額」を除外し、「著しく低い価額」のみを対象としている同条の趣旨に反することになるというべきである」
「第三者」との間では決して成立し得ないような対価が基準となる?
「・・・第三者との間では決して成立し得ないような対価で売買が行われたか否かという基準も趣旨が明確でない。仮に、「第三者」という表現によって、親族間やこれに準じた親しい関係にある者相互間の譲渡とそれ以外の間柄にある者相互間の譲渡とを区別し、親族間やこれに準じた親しい関係にある者相互間の譲渡においては、たとえ「著しく低い価額」の対価でなくても課税する趣旨であるとすれば、同条の文理に反するというほかない。また、時価の80パーセント程度の水準の対価であれば、上記の意味での「第三者」との間で売買が決して成立し得ないような対価であるとまでは断言できないというべきである。」